私たちの体づくりが、次世代の健康を作る-DOHaD説
現代の日本では、「細い=美しい」という価値観が広まっています。SNSやメディアなどを通じて、細身のモデルやインフルエンサーの姿を日常的に目にすることで、「痩せていることが理想的」という認識が無意識のうちに形成されやすい社会環境にあります。実際、健康的な体型であっても「もっと痩せたい」と考える女性は少なくありません。
しかし、痩せ志向からくる無理な食事制限や極端なダイエットによる栄養不足は、自身の体調を崩すだけでなく、将来生まれてくる子どもの健康にも影響を及ぼす可能性があることをご存知でしょうか。
「DOHaD説」という考え方
「将来の健康状態や病気のかかりやすさは、胎児期や出生直後の環境によって大きく左右される」という考え方があります。これはDOHaD(ドーハッド)説と呼ばれている概念です。DOHaDとは「Developmental Origins of Health and Disease(健康と疾患の発達起源)」の略称で、胎児として母親の胎内にいる時期や、出生直後の栄養状態や環境が、将来的な生活習慣病などの発症リスクに影響を及ぼすという考え方です。
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1980年代にイギリスのBarker博士が行った研究で、出生時の体重が低い子どもほど、成人後に心臓病を発症するリスクが高いという結果が示されました。この結果から、「胎児期に栄養が不足すると、成人後に生活習慣病にかかりやすくなる」というBarker仮説が提唱され、この仮説を基盤として発展していった概念が、DOHaD説です。
胎児期におかれていた環境が将来に影響する
私たちの体は、母親の胎内にいる段階からその環境の影響を受けています。胎児は、母体を通して得られる栄養状態などの情報をもとに、自らの発達や代謝の方向性を調整していると考えられています。
例えば、母親が低栄養の状態にあると、胎児は「出生後も栄養が不足する環境が続く」と判断し、限られたエネルギーを効率よく利用・蓄積できるような体質へと発達します。しかし、出生後に栄養状態が改善され、十分なエネルギーを摂取できる環境で成長すると、胎児期に形成された体の特徴と実際の生活環境との間に不一致が生じます。この不一致が、将来的な肥満や糖尿病などの生活習慣病リスクを高める可能性があると考えられています。
▲ DOHaD説の概略図
また、低体重で生まれた子どもは、将来的にも小柄・痩せ型になりやすい傾向があります。そのような特徴を持つ女性が妊娠した場合、母体の体格や栄養状態が胎児の発育に影響しやすく、結果として再び低出生体重児が生まれる可能性が高まるとされています。つまり、胎児期の栄養状態が不十分な環境による影響が、次世代へと受け継がれることで、「痩せの連鎖」が起こってしまうのです。このような背景から、若い世代に広がる過度な痩せ志向や不十分な栄養摂取は、本人の健康だけでなく、将来の世代の健康にも関わる重要な問題として注目されています。
現代日本での痩せの現状
現在、日本人の20~30代女性のうち、5人に1人が痩せ(BMI<18.5)であり¹⁾、大きな社会課題となっています。また、2500g未満で生まれた低出生体重児の割合も約10%で近年は横ばいで推移していますが、これは他の主な先進国と比べても高い水準です²⁾。
見た目の美しさや体型維持を重視するあまり、食事量を極端に減らすなど無理なダイエットをすることでエネルギー摂取量が不足し、偏った食事によってタンパク質やビタミン類、鉄分などの重要な栄養素が欠乏するケースが増えています。その結果、一見スリムで健康的に見えても、実際には筋肉量が少なく、基礎代謝量が低い「隠れ栄養失調」の状態に陥っている可能性が十分に考えられます。
健康を考えるうえで大切なのは、体重やBMI、見た目だけではなく「体の中身」を知ることです。同じ体重やBMIでも、筋肉量と体脂肪量の割合が違えば代謝や将来の健康リスクは大きく異なります。
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一方で、「筋肉量を増やすと体重も増えるので、太く見えるのではないか?」と心配する方も見受けられます。しかし、筋肉量の増加による体重の増加は “太った” のではなく、”体の中身が改善している証拠” といえます。筋肉は体脂肪と同じ重さでも体積は小さいため、体重が増えたとしても、体脂肪量が減り、筋肉量が増えていれば体のラインはむしろ引き締まり、姿勢が整い、基礎代謝量も上がります。結果として、筋肉量が多い方がよりスリムに見え、エネルギーを消費しやすい「太りにくい体」へと近づいていきます。
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上図は、一般の女性約12,000人の体成分データ(筋肉量・体脂肪量)をまとめたグラフです。筋肉量は、20~30代をピークに加齢に伴って少しずつ減少していく一方で、体脂肪量は50~60代にかけて増加し、それ以降で減少する傾向が見られます。つまり、ホルモンの変化などの影響によって、年齢を重ねるにつれて自然に筋肉量が減りやすく体脂肪量が増えやすい体質に変わっていくということです。早くから体成分をモニタリングして適切な筋肉量と体脂肪量を維持する習慣をつけることは、自分自身の健康はもちろん、次世代の健康を守るためのリスクマネジメントになります。
終わりに
生まれてくる子どもの数が年々減少し、少子化が問題視されている今、出生数だけではなく、生まれてきた子どもたちが健やかに成長し、長く健康に生きていける社会をつくることにも目を向けなければなりません。そのためには、まずこれから親となる若い世代が、健康的な体成分と栄養状態を保つことが何より重要です。
私たち一人ひとりの体づくりは、将来生まれてくる子どもの健康を左右する土台となります。栄養の偏りや極端なダイエットを避け、筋肉量や体脂肪量などの体成分を意識した生活を送ることが、次世代の健やかな発育につながります。
若い世代が自分の体と向き合い、正しい知識と習慣で健康を管理することは、未来の社会全体の健康基盤を支える行動でもあります。こうした意識の広がりが、DOHaD説の考え方が目指す「世代を超えて健康が受け継がれる社会」への第一歩になるのです。
参考文献
1. 厚生労働省 令和5年国民健康・栄養調査
2. 厚生労働省 人口動態統計