糖尿病と筋肉量の関係

生活習慣病としてよく知られている糖尿病は、毎年患者数が増加している現代の代表的な疾患の一つです。日本の糖尿病患者及び糖尿病予備群の数はどちらも約1千万名(2017年基準)、糖尿病による年間死亡数は約1万3千名(2016年基準)に達しています¹⁾。尚、全体の約95%は2型糖尿病の患者であるといわれています。世界的にも糖尿病患者は増加しており、国際糖尿病連合(IDF)の調査によると、2017年の糖尿病患者数は2015年より1千万名増加した約4億2,500万名、成人(20歳~79歳)の糖尿病有病率は8.8%、糖尿病予備群(耐糖能異常)の数は約3憶2,500万名に達する等、糖尿病は身近な疾患となりつつあります²⁾。


糖尿病患者といえば、多くの方は太っている人を想像するかもしれません。しかし、体重やBMIが標準または低くても糖尿病を患っている方もいます。BMIは高くなくても体脂肪率が高い、いわゆる隠れ肥満の人が糖尿病または糖尿病予備群になるリスクが高いです。これは糖尿病のリスクを下げるためには、単純に体重を管理するより体成分を管理する必要があることを示します。では、体成分と糖尿病はどのような関係があるのでしょうか? 不均衡な体成分と糖尿病はどう関連しているのか、確認してみましょう。


バランスの取れた体成分とは


体成分を2つに分けると体脂肪量と除脂肪量で分けることができます。除脂肪量には随意筋である骨格筋と、内臓筋・心臓筋や骨(骨ミネラル)が含まれます。除脂肪量と体脂肪量が適切な量を維持している状態が体成分のバランスが取れている状態で、健康な体を維持することに繋がります。過体重や肥満、または栄養状態が悪い人はこの均衡が大きく崩れています。

過体重や肥満の人は体重を減らすことだけを目標としがちです。しかし、健康状態を改善し、せっかく減らした体重を維持するためには崩れている体成分均衡を改善させる必要があります。つまり、体重を減らすことだけを目標にするのではなく、過剰な体脂肪量を減らしながら、除脂肪量(筋肉量)を維持または増やすことを目標とすることが望ましいです。体成分の改善は見た目をよくするだけではなく、糖尿病及び肥満と関連する様々なリスクを減らし、代謝機能を向上させる等、よい影響を及ぼします。


糖尿病と代謝機能の関連性

代謝機能(metabolism)という言葉を聞くとどういうことを思い浮かべますか? 代謝機能がいい人は同じ量を食べても、代謝機能が悪い人よりあまり太らないというイメージを持っている方が多いでしょう。これはある程度は正しいと言えます。代謝機能とは現在の身体構造を維持または回復するために飲食物を分解し、必要なエネルギーを供給する過程を言います。食事をすると、体はそれを分解して必要なところに届けます。この一連の過程を簡単に整理すると次の通りです。


このように、代謝活動はあまり複雑ではありません。しかし、糖尿病患者はこの一連の過程がうまくいきません。これが、糖尿病が代謝機能異常疾患として分類される理由でもあります。糖尿病は代謝方法を変化させるため、細胞がブドウ糖をエネルギーとしてうまく消費できないようにします。先ほどの代謝活動の流れをもう一度見てみましょう。上記過程でインスリンが分泌されるポイントは2つ(1次、2次)です。インスリンは細胞がブドウ糖を吸収してエネルギー源として使用できるように手伝う役割をするホルモンで、膵腸がインスリンを分泌するタイミングは最初にブドウ糖が供給されたときと、そのあとにもインスリンが必要になったときです。つまり、糖の代謝においてインスリンの役割はとても重要です。


糖尿病は1型と2型の2種類があります。1型糖尿病(T1D)患者の場合、そもそも体がインスリンを作ることができなくなり、代謝機能がうまく働きません。1型糖尿病患者は免疫機能の混乱によって膵腸でインスリンを作るβ細胞が壊れる疾患であり、糖尿病患者の中でもその数が少なく、原因もはっきりしていないため予防も難しいです。

2型糖尿病は少し違います。2型糖尿病患者の場合、インスリンはちゃんと分泌されていますが、細胞がインスリンを適切に使えなくなっています。このような状態を「インスリン抵抗性(IR)」といいます。インスリンが働かないと細胞はブドウ糖をエネルギー源として使用できないため、ブドウ糖はそのまま血中に残り、溜まってしまいます。血中の過剰な血糖はトリグリセリドに転換され、体脂肪として蓄積されます。体脂肪量が増加するとホルモン不均衡や全身性炎症が発症し、継続すると他の疾患にもつながる恐れがあります。

糖尿病は心疾患、脳卒中、腎臓病、神経疾患、皮膚感染症、眼科疾患とも関連しており、免疫システムの損傷を引き起こす恐れもあります。血液循環の問題と糖尿病が重なると怪我や感染のリスクを高め、足の感覚を鈍くさせ、切断せざるを得ない状態まで悪化することもあります。他に糖尿病が引き起こす合併症としては網膜症、腎不全、歯周疾患、動脈硬化、狭心症、認知障害等の慢性合併症と糖尿性ケトアシドーシス、感染症等の急性合併症があり、最悪の場合、死に至るほどの深刻な疾患まで発展することもあります³⁾。


筋肉量と2型糖尿病の関係

過剰な体脂肪量だけが糖尿病のリスクを高めるわけではありません。最近の様々な研究では、糖尿病のリスクと低筋肉量の関連性が示されています。筋肉量が少ない人の糖尿病有病率が高いだけではなく、糖尿病によって筋肉が弱くなることもあります。2型糖尿病が筋肉に及ぼす悪影響は疲労度、筋力、筋肉量の3つに分けられます。

➤ 筋肉の疲労度
筋肉疲労は運動または身体活動後に、筋肉の疲れや痛みを感じる疲労の一種です。2型糖尿病患者は筋肉が回復するのに時間がかかり、運動負荷への耐性が弱くなる等、筋肉疲労度が増加するという研究発表もあります⁴⁾。これは2型糖尿病患者が健康な人より運動による筋肉疲労の影響が強いことを示します。

➤ 筋力
2型糖尿病は筋力を低下させます。年齢、性別、教育水準、アルコール消費量、喫煙期間、肥満、有酸素運動などの変数で調整した後でも、2型糖尿病患者の握力は健康な人に比べ弱かったという研究結果があります⁵⁾。

➤ 筋肉量
2型糖尿病患者は筋力や筋肉の回復速度が低下するだけではなく、筋肉量も少なくなります。特に糖尿病の罹患期間が長くなると、筋肉量はより減少する傾向があり、部位別でみると下半身の筋肉量が特に減少しやすいです⁶⁾。2型糖尿病患者のInBody結果用紙を見てみましょう。下半身の筋肉量が特に少なく、それらの部位の水分均衡(ECW/TBW)※も崩れていることが分かります。

※水分均衡(ECW/TBW)の標準範囲は0.360~0.400で、InBodyではECW/TBWが0.400以上なら高いと評価します。特定の疾患・浮腫・悪い栄養状態・怪我による炎症などでECW/TBWは高くなります。

低筋肉量が2型糖尿病のリスクを高めるとすると、筋肉量を増やし、体成分を改善させることは2型糖尿病のリスクを減少させることに繋がります。日本と韓国の健常人約20万人をフォローアップした研究では、約3年後での2型糖尿病罹患率は、筋肉量が多い参加者で低い結果となりました⁷⁾。この結果から、筋トレや適度な運動を日常的に行い、筋肉量を減らさない努力が重要であると分かります。

運動は糖尿病のリスクを下げるだけではなく、糖尿病の状態を改善させる効果もあります。運動をすると筋肉は通常より多くのエネルギーを必要とし、ブドウ糖の需要を高めます。これによって、ブドウ糖が細胞に運ばれる量が増加するため、適切な運動は2型糖尿病患者の血糖コントロールに効果的です。特に、筋肉は大きいとより多くのエネルギーを必要としますが、脚の筋肉は体の中で最も大きい筋肉に該当します。そのため、脚の筋肉はブドウ糖の摂取・コントロールにおいて重要な筋肉です。また、2型糖尿病患者は下半身の筋肉量が特に減少しやすいため、下半身を中心とした運動を継続して筋肉量を維持・増加させることは糖尿病のリスクを下げ、身体能力の改善も期待できます。既にインスリン抵抗性が発生している状態でも、運動によってブドウ糖の需要が増えるとインスリンの効果が高くなり筋肉細胞がブドウ糖を使用できるようになり、血糖などを改善させることに繋がります。


インスリン抵抗性を改善する方法


既に説明した通り、2型糖尿病患者または糖尿病予備群の人はインスリン抵抗性が発生しており、これは細胞が血中のブドウ糖をエネルギーとして使う過程でインスリンがうまく働いていないことを意味します。そして、このような状態は結果的に様々な健康問題を引き起こします。しかし、インスリン感受性を回復させ、糖尿病の状態を緩和させたり、糖尿病が引き起こす合併症のリスクを下げたりすることは可能です。2型糖尿病患者を対象に筋トレプログラムを実施した結果、トレーニング前後でHbA1c数値が8.7%から7.6%に減少し、16週間の筋トレプログラムを終了した時には参加者の72%が、薬の服用量が減少していたと報告した研究もあります⁸⁾。既に糖尿病を患い、血糖値が高かったとしても、週2-3回程度の筋トレで糖尿病の症状を緩和させることができます。ただ、既に疾患を患っている方の場合、運動を始める前に必ず担当医と相談の上、運動計画を立ててください。


糖尿病の予防・改善のために覚えておくこと


糖尿病のリスクを高めるのは体重ではなく、その中身です。少ない筋肉量と多い体脂肪量は体重とは関係なく糖尿病のリスクを高めます。そのため、糖尿病のリスクを下げたり、血糖値を改善させたりするためには、体成分を改善させることが役立ちます。簡単に言うと体脂肪量が多い場合は体脂肪量を減らし、筋肉量が少ない場合は筋肉量を増やすことです。筋肉量を増やしつつ体脂肪量を減らした人が、両方ともに多い人または両方とも少ない人より2型糖尿病のリスクが低いと報告している研究もあります⁹⁾。つまり、どちらか片方ではなく、両方とも適切な量を維持することが大事といえます。

現在の体成分を把握することは、疾患のリスク把握と適切な目標設定に欠かせません。測定結果を基に体成分をどう改善すべきか、そのためには今の生活習慣をどう変えるべきか、具体的な計画を立てることができます。その計画を実行することで糖尿病を含む様々な疾患のリスクを下げることに繋がるでしょう。定期的な運動を行うことで、体脂肪量や筋肉量の改善はもちろん、血糖値を下げる効果も得られます。もちろん、食事も大事です。低糖質・高たんぱくの食事と筋トレを並行することは、インスリン感受性と体成分の改善に役立ちます。

健康問題が心配ですか? 健康維持のための目標設定が難しいですか? まずは体成分を把握しましょう。バランスの良い体成分を目指すことで、悩んでいた問題がより解決しやすくなるかもしれません。

参考文献
1. 「生活習慣病の調査・統計」一般社団法人日本生活習慣病予防協会ホームページ
2. 「IDF Diabetes Atlas 8th」国際糖尿病連合ホームページ
3. 「DM TOWN」SANOFIホームページ
4. Senefeld J. et al., Mechanisms for the increased fatigability of the lower limb in people with type 2 diabetes. J Appl Physiol (1985). 2018 Aug 1;125(2):553-566.
5. Lee MR et al., Association between muscle strength and type 2 diabetes mellitus in adults in Korea: Data from the Korea national health and nutrition examination survey (KNHANES) VI. Medicine (Baltimore). 2018 Jun;97(23):e10984.
6. Yuji Tajiri et al., Reduction of skeletal muscle, especially in lower limbs, in Japanese type 2 diabetic patients with insulin resistance and cardiovascular risk factors. Metab Syndr Relat Disord. 2010 Apr;8(2):137-42.
7. Sungwoo Hong et al., Relative muscle mass and the risk of incident type 2 diabetes: A cohort study. PLoS One. 2017 Nov 30;12(11):e0188650.
8. Castaneda C. et al., A randomized controlled trial of resistance exercise training to improve glycemic control in older adults with type 2 diabetes. Diabetes Care. 2002 Dec;25(12):2335-41.
9. Seung Jin Han et al., Effects of combination of change in visceral fat and thigh muscle mass on the development of type 2 diabetes. Diabetes Res Clin Pract. 2017 Dec;134:131-138.