万能タンパク質、ヒートショックプロテイン

いよいよ冬本番を迎えつつある中、いかがお過ごしでしょうか。寒くなってくると普段シャワーで簡単にお風呂を済ませている方もたっぷりのお湯にゆっくり浸かって、冷えた身体を芯から温めたくなるのではないでしょうか? 入浴には血流促進効果・免疫力向上・安眠効果など既に多くの効果が知られていますが、最近、お風呂やサウナなどで身体を温めると体内に生成されるタンパク質=ヒートショックプロテイン(熱ショックタンパク質, HSP)が注目されています。HSPはどうやって生成され、どのような作用があるのでしょうか? 今回のトピックでは、HSPについてご紹介していきます。


HSPとは?

HSPは1962年、ショウジョウバエを高温環境下で飼育することで増加するタンパク質として初めて報告されました¹⁾。HSPは細胞に熱刺激が加わることで作り出されるタンパク質の一種です。種類が非常に多く、分かっているもので100種類近くあると言われています。HSPは熱ストレスに対して、損傷を受けた細胞をストレスがかかる前の状態に修復・保護する働きを持っています。

その後、多くの生物でHSPが熱以外の様々なストレスでも誘導されることが明らかとなり、現在は別名ストレスタンパクとも呼ばれています。生物の細胞は主に水分とタンパク質で構成されており、ストレスによってタンパク質が損傷すると細胞が正常に機能することは難しくなってしまいます。HSPは細胞内で増殖してストレスによって損傷したタンパク質を修復し、細胞が正常に機能するように働く、あらゆる生物の大小様々なストレスから自らを守るための生体防御タンパク質です。また、他の正常な細胞に影響が出ないように、修復が難しいほどの損傷を受けた細胞は分解するように働きかけることもあります。このようにHSPは細胞を回復させ、時には分解もして、身体が元気でいられるように体内で働いてくれています。

体内では日々、新しいタンパク質が1秒間に数万個というすさまじい速度で生成されています。1つ1つのタンパク質には各々複雑な構造が設けられていて、1ヶ所でも構造が異なると正常に機能できなくなってしまいます。HSPは新しく生成されるタンパク質が間違った構造にならないように生成時の構造を確認する役目も担っています。これをHSPの分子シャペロン作用※と呼びます。HSPは生物に必要不可欠なタンパク質の生成(誕生)から分解(死)まですべてをサポートしてくれている縁の下の力持ちとも言える存在です。
※シャペロンとは、フランスで若い女性が社交界にデビューする時に世話係を担う年配の女性を指す。


HSPの増やし方

私たちの身体の中でHSPがどれだけ重要かは理解してもらえたと思います。こんなに素晴らしいHSPですが、更に凄いのが自分で意識的に増やすことができる点です。ここからはHSPを体内に増やす方法をご紹介していきます。

HSPは身体をストレスから守ってくれますが、HSPを増やすためにもストレスが必要となります。ストレスの種類は熱ストレスだけでなく外的な力や太陽光(紫外線)、精神的ストレスなど、どんなストレスでも増加しますが、HSPという名の通り、最も増加するストレスは熱ストレスです。そこで、多くの人が簡単にかつ安全に熱ストレスを加えられる方法が入浴です。HSPは現在世界各国で研究が進められていますが、お風呂文化が根付いている日本では気軽に生活に取り入れることができます。HSPを増やす手順は【加温】と【保温】の2ステップになります。

ステップ1. 加温
まずはお湯に浸かって身体を温めます。最終的に体温が38℃(平常体温より1~2℃高める)を超えることを目指します。

➤お湯の温度
あまりお湯の温度を高くしすぎてしまうと細胞を痛めすぎてしまいHSPが生成されないので、少し熱めの42℃くらいがちょうど良いです。40℃や41℃でも入浴時間を長くすることでHSPは生成されます。

➤入浴時間
HSPを意識した入浴時間は42℃→10分、41℃→15分、40℃→20分が目安です。短時間であれば途中で一度お湯から出ても構いません。熱くて我慢できなくなってしまったら無理せずにお風呂から出て休み、また入り直すようにしましょう。血行促進効果のある入浴剤を使用すると40℃→15分でもHSPが生成されることが確認されています。血行促進されることで身体が素早く温められます。

➤温める部位
なるべく全身を温めることが推奨されています。最近は半身浴をされる方もいらっしゃいますが、HSPは熱ストレスを与える細胞が多ければ多いほど生成される量も増えるので、可能であれば全身を温めるようにしましょう。全身浸かるのが負担になる場合は半身浴でも可能ですが、その場合は上記の時間よりも3~5分長めに入浴するようにしましょう。

➤体温測定
お風呂に入りながら体温を測る必要があります。通常の脇の下に体温計を挟む測り方はできないため、口に体温計を咥えて舌の下の温度を測ります(舌下温)。舌下温測定用の体温計もありますが、市販の体温計でもきれいにして使用すれば問題ありません。最初は入浴中5分おきに舌下温を測ることで、自分の体温がどんな様子で上昇してくるか分かるようになります。

汗が出にくい人・のぼせやすい人は事前に水分補給するようにしましょう。また、事前に浴室を温めておくことも大事です。特に冬場は浴室とお湯の温度差が大きくなってしまうので、浴槽の蓋をせずに蒸気で浴室を温めるなどの工夫が必要です。また、蓋をできるだけ被せたまま入浴することで、お湯が冷めるのを防ぎ加温効果を高めることもできます。

ステップ2. 保温
お湯に浸かるだけではなく、お風呂から出た後の身体保温もHSP生成にとって重要です。入浴後10~15分は体温を37℃以上に保つ必要があります。保温中には汗をたくさんかきますが、これは体温調節のための汗なのでタオルで拭き取れば問題なく、匂いやべたつきもありません。気になる場合は保温終了後にシャワーをさっと浴びても構いません。保温方法は夏と冬で大きく異なるので季節に応じて適切な保温方法を取り入れてください。

➤夏の場合
身体が濡れたまま浴室を出ると気化熱で体温が奪われるため、濡れた身体を浴室内で拭き取ってから出るようにします。冷房は我慢して室温が27℃以上であれば、下着を付けてバスタオルなど厚手のものに包まって10~15分保温します。この間、大量の汗が出るので必ず水分を補給してください。体温が37℃以上になるように服装や温かいお茶などで調整します。保温が終了したら、汗を流して服を着るようにしましょう。夏場は浴室の温度が高いので、お風呂を出て体の水滴を拭き取った後、そのまま浴室で10~15分過ごすこともお勧めです。

➤冬の場合
室温が低く、体温も急激に低下してしまうので、濡れた体を浴室内で素早く拭き取って服も着た状態で浴室から出るようにしましょう。エアコンなど暖房を使用して室温を20℃程度にし、厚手のバスタオルや重ね着をして10~15分保温するようにしましょう。この間、大量の汗が出るので必ず水分を補給してください。最近は暖房機能を備えている浴室も増えているので、浴室内で加温する場合はぜひ活用してください。バスタオルで水分を拭き取った後、厚手のバスタオルなどに包まって10~15分保温します。保温した後は汗を流すようにしましょう。

HSPを意識した入浴法を毎日行う必要はありません。HSPは加温後1~4日ほど増加した状態が続き、1週間後には元に戻ります。そのため、週2回のペースでこの入浴法を行うことでHSPが常に体内で増加している状態をキープすることができます。


万能タンパク質、HSPの効果とは?

HSPが体内で生成されることによる主な効果を見てみましょう。

➤運動パフォーマンスの向上と筋損傷の抑制
HSPは予め身体に蓄えておくことで運動による細胞の損傷を軽減し、運動後の回復を早めることができることから、運動パフォーマンスの向上や筋疲労の軽減ができると考えられています。事前の身体加温によって体内にHSPを発現させておくことを予備加温またはプレコンディショニングと呼びますが、これによって損傷したタンパク質が修復されやすくなり、骨格筋損傷の抑制にも効果的であると報告されています²⁾。更に、身体加温によって骨格筋だけでなく肝臓やその他の臓器・細胞にもHSPが生成されることで全身の疲労軽減にも貢献します。HSPは加温2日後をピークに加温1~4日後まで高くなることが分かっているので、もしHSPを身体に蓄えたい場合は大事な試合や大会の2日前に加温するのが一番効率的でしょう。

➤免疫力の向上
主にタンパク質の修復を行ってくれるHSPですが、細胞が損傷するまでじっとしているわけではありません。HSPは外から入ってきたウイルスに対して免疫細胞の数を増やしたり、活性化させたりすることで細胞へのダメージを少なくしていることが分かっています。つまり、HSPは運動パフォーマンスの向上や筋疲労の軽減だけでなく、免疫力を向上する効果もあるのです。特にウイルスが活発に活動しやすい冬場はHSPを生成して免疫力を向上させることで、風邪や感染症の予防に役立てることができます。最近はHSPの免疫力向上作用を利用するための加温療法を治療の一環として取り入れている病院もあります。

➤肌の保護・美肌効果
しわ・シミ・日焼けといった肌トラブルはすべてタンパク質の損傷によるものであることからHSPが有効に働きます。HSPは紫外線ストレスから肌を守り、損傷を受けた肌を修復します。紫外線を浴びると皮膚を保護するためにメラニン色素が作られますが、過剰に生成されるとシミに繋がります。HSPはメラニン色素の過剰生成を防ぐ働きもあり、メラニンと共存しながら一緒に肌を保護してくれます。

エステサロンでは身体を温める施術が行われますが、これまでは経験的に身体を温めると美容効果があると認識されていました。しかし、HSPの存在によって加温がどのように美容効果として表れるのかが確証されました。お肌のはり・弾力・瑞々しさを保つコラーゲンは、紫外線が当たると生成される分解酵素によって分解されてしまいます。HSPはこの分解酵素の働きを抑えるので、コラーゲンの分解を防ぎ、しわやたるみの予防に繋がります。最近はHSPを配合している化粧品や美容液も増えており、聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

冒頭でも説明したようにHSPは体内にあるすべてのタンパク質に関わっていることから、他にもたくさん効果があります。寒い冬の夜はHSPも意識しながら、お風呂に浸かってしっかり身体を温めてみるのはいかがでしょうか。

参考文献
1. Ritossa F. A new puffing pattern induced by temperature shock and DNP in drosophila. Experientia. 1962; 18:571–573.
2. Youko Itoh et al., Induction of Hsp70 in Lymphocytes by Whole Body Far-infrared Hyperthermia. J. Hyperthermic Oncol. 2005; 21(4):209-220.
伊藤 要子. ヒートショックプロテイン健康加温法. 法研, 2013