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水は飲めば飲むほどいいのか?

運動中にも十分な水分補給が必要という話を聞いたことはありますか? のどが渇く前に水を飲んだ方がいいという話はどうでしょうか? 水分補給に関しては様々な意見がありますが、汗で失った水分を適切に補給することが重要なことは間違いありません。水は人体の機能が正常に作用するために必要不可欠であり、何らかの理由で水分を失ったのであれば必ず補給しなければなりません。


では、逆に水を「飲みすぎる」ことはどうでしょうか? 健康に問題はないでしょうか? 答えは「飲みすぎは問題になる」です。水を飲みすぎると体内のナトリウムをはじめとした各成分が希釈され、命の危険をもたらすほど血中濃度が低くなり、体内の電解質均衡が崩れます。電解質異常は深刻な症状に繋がることもあります。まずは、水分摂取量が適切でないと、どういう問題が生じるのかを説明します。


適切な飲水量はどれくらい?


詳しい説明の前に、水と人体はどういう関係かを見てみましょう。まず、食べ物や空気と同じく、水は生命維持に関連する重要な要素です。人体の約60%は水であると言われており、人体を構成する必要な成分と言えます。水は体温の維持に役立ち、血液として栄養素を運び、老廃物を尿の形で排出し、内臓にある程度溜まっていることで詰め物のような役割をします。水は人体に細胞単位から関与しているため、水を十分に摂取しないと1日も経たないうちに、致命的なダメージを受けてしまう恐れがあります。水が足りないと人体は脱水状態に陥ります。軽い脱水でも疲労感や認知機能・運動能力の低下等の症状が現れます。そして、深刻な脱水になると死に至ることもあります。

アメリカで行われた研究を基にした一般健常者の1日推奨水分摂取量は、男性約3.7L・女性約2.7Lです¹⁾。しかし、この水分摂取量は普通に生活する一般人における推奨量であり、アスリートや定期的に運動をする方の場合、または暑くて湿度が高い天気の場合は推奨量も増えます。また、妊婦や授乳中の女性はより多くの水分摂取が必要となります²⁾。
※脱水についてもう少し詳しく知りたい方はInBodyトピックの「脱水時に必要な飲み物は? 」もご覧ください。


水を飲みすぎるとどうなるのか?

2003年、64歳の女性が自宅で死亡しました。死亡前日、女性は30~40杯ほどの水を飲み、何度も嘔吐しました。女性は徐々に方向感覚を失い、痛みを訴え、水を十分飲めていないと叫び始めました。女性は医師の診断も拒み、横になって寝ているうちに死亡しました。女性には既往歴がなかったため、死亡6時間後に死体解剖が行われました。血液毒物学的な観点から様々な原因が除外されたあと、最終的に見い出された死因は「急性水中毒による血中ナトリウム濃度の低下(低ナトリウム血症)」でした³⁾。低ナトリウム血症とは血中のナトリウム濃度が低い状態を意味し、最も頻繁に見かける電解質異常症です。低ナトリウム血症の診断基準は血中ナトリウム濃度<136mmol/Lと定められています。


また、長距離トライアスロン選手を対象にした研究もあります⁴⁾。この研究ではニュージーランドのトライアスロン選手330名のうち58名が、競技終了時の血液検査から低ナトリウム血症を発症していると診断されました。58名中医師の診察を受けた18名は、重度の低ナトリウム血症と診断され、深刻な症状が現れていました。研究結果によると、長距離運動選手において低ナトリウム血症はよく見かける状態であり、無症状の選手も多いことが分かりました。また、運動選手の深刻な低ナトリウム血症の約73%は、体液過剰が原因として挙げられています。他にも水分摂取に関する多くの研究がありますが、結論はどれも同じで、あまりにも水を飲みすぎるとかえって健康に悪影響を及ぼすということが示されています。


なぜ問題が起こるのか?

なぜ水を飲みすぎると、最悪の場合、命を落とすほど健康を損なうのでしょうか? その理由を理解するため、人体がどのように水と塩分(ナトリウム)、そして老廃物を扱っているのかを確認する必要があります。

臓器の中でも腎臓はフィルタのような役割をします。血液は腎動脈を経由して腎臓に流れ込みます。腎臓に入った血液から過剰な体液と老廃物が腎小体と細尿管で構成されたネフロンでろ過されます。ろ過される老廃物の中には塩分も含まれていますが、人体が必要とするものは再吸収され、残りは尿管に送られて尿として排出されます。しかし、水を飲みすぎると腎臓のろ過機能に過剰な負担をかけることになります。そうなると人体には、うまくろ過されなかった過剰な体液と老廃物が滞留されたままになり、低ナトリウム血症の原因となります。また、既に腎機能に問題があった場合は、より状態が悪化する恐れもあります。


水中毒


水分や老廃物を除去する腎機能に負担がかかりすぎると、上述した64歳女性の死因でもあった “水中毒” に発展する恐れがあります。水中毒と呼ばれる状態は電解質不均衡が原因であり、低ナトリウム血症を引き起こします。血中ナトリウム濃度が急激に低下すると、次のような症状が現れます。

・初期症状: 混乱、方向感覚の喪失、吐き気、嘔吐を含む精神状態の変化、または精神異常
・後期症状: 初期症状を放置すると発作、意識不明、最終的には死亡


低ナトリウム血症の種類

低ナトリウム血症はナトリウム摂取量の不足だけが原因ではありません。これは水分摂取量に比べナトリウム摂取量が少ないパターンです。低ナトリウム血症には3つのタイプがあり、それぞれ異なる原因で発症します。

1. 細胞外液量正常型の低ナトリウム血症 (Euvolemic hyponatremia)
希釈性低ナトリウム血症とも言われる症状で、水をたくさん飲みすぎることで生じる症状はこちらに該当します。一般的には多飲症(polydipsia)やその他の原因で水を飲みすぎると発生します。代表的な治療方法は原因となる疾患(糖尿病、精神疾患、脳損傷)を治療することです。

2. 細胞外液量増加型の低ナトリウム血症 (Hypervolemic hyponatremia)
このタイプの低ナトリウム血症は水分とナトリウムが同時に増加しているものの、相対的に水分増加量がナトリウム増加量を上回るときに発症します。心不全や肝硬変などの疾患による浮腫で体液貯留が生じると発生することが多いです。治療方法としては水分摂取量の制限と利尿剤を使用して強制的に水分を排出する方法があります。

3. 細胞外液量減少型の低ナトリウム血症 (Hypovolemic hyponatremia)
細胞外液量増加型とは逆に、細胞外液量減少型の低ナトリウム血症は水分とナトリウムが同時に減少しているものの、相対的にナトリウム減少量が水分減少量を上回るときに発症します。このタイプの低ナトリウム血症はナトリウムを含んでいる体液の損失によって起こり、嘔吐や下痢による体液損失が代表的な原因です。また、利尿剤や腎疾患によっても発症します。治療は重症度によって異なりますが、0.9%濃度の生理食塩水などの電解質を投与して失った水分とナトリウムの交換を行う必要があります。


適量の水を摂取するために

ここまで過剰な水分摂取で起こりうる問題についてお話しました。では、どうすれば適切な量の水を飲むことができるのでしょうか? 次に、過剰な水分摂取を避けるために実践すると良い方法をいくつかご紹介します。


1. のどが渇いてから水を飲む


体は水分が足りないときに適切に反応します。そのため、のどが渇いてから水を飲み、渇く前には飲まないようにしましょう。殆ど座って生活する場合は推奨水分摂取量に従って水を飲み、活動量が多い場合は推奨量よりは多めに水を飲んでください。のどがいつ渇くのかを記録することも良いかもしれません。


2. 1時間にどれほど汗をかいているか推定する


これは少し複雑な方法ですが、暑くて湿度の高い日に外で運動する時や、競技スポーツをするときに試してみると良い方法です。まず、運動前に体重を測り、運動中にのどが渇いたら水を飲んで、運動が終わってまた体重を測ります。そして、運動中にどれほど水を飲んだのかも確認しておきます。

理想は運動前後の体重が同じか、運動後の体重減少量がわずかな状態です。必要以上に水分を摂取していれば、体重は増加するはずです。この方法からどれほど汗をかいていたか、どれほど水を飲めばいいのかを推定できます。


3. 飲み過ぎないように注意する


最も簡単な方法はこれです。のどの渇きが解消されたらそれ以上飲まないようにしましょう。それ以上飲むと吐き気や嘔吐など、水中毒の症状を経験することになるかもしれません。だからといって全く水を飲まなくていい、ということではありません。のどが渇いてなければそれ以上飲まないということです。

必要な量の水分を摂取できているかを見分ける簡単な方法があります。のどが渇く頻度が少なかったり、尿の色が透明または薄い黄色をしていたりすると水分摂取量が足りていると判断していいでしょう。尿のカラーチャートはInBodyトピックの「脱水時に必要な飲み物は? 」内で確認できます。


正しく水分を摂取するために

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」といいます。水も同じで、摂取量が少なすぎても多すぎても健康に悪影響を及ぼします。しかし、体が送る信号に従って水を飲む量やタイミングを調整するだけでこれらの問題は解決できるでしょう。適量の水を飲んでいるか、今一度確認してみてください。

 

参考文献
1. Dietary Reference Intakes for Water, Potassium, Sodium, Chloride, and Sulfate, The National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine
2. Hydration for Pregnancy and Motherhood, Emma Derbyshire, Pregnancy and Motherhood May 2016
3. Fatal water intoxication, D.J. Farrell and L. Bower, J Clin Pathol. 2003 Oct; 56(10): 803–804
4. Hyponatremia in ultradistance triathletes. Speedy DB, Noakes TD, et. al., Medicine and Science in Sports and Exercise, 01 Jun 1999, 31(6):809-815

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