熊本リハビリテーション病院
-サルコペニアや低栄養領域における臨床研究を推進-

機種モデル:InBody S10

社会医療法人令和会 熊本リハビリテーション病院は熊本県菊池郡にあるリハビリテーション専門病院です。2020年4月には「サルコペニア・低栄養研究センター」が研究、人材育成、教育の拠点として設置されました。元々リハビリテーション専門の病院として地域に高度なリハビリテーションを提供していた背景から、多職種連携によるリハビリテーション栄養の実践をベースとした臨床研究が盛んに行われています。サルコペニア・低栄養研究センターでは、臨床現場で活躍できるスタッフの育成だけでなく、研究者の人材育成やNST(栄養サポートチーム)専門療法士資格取得のための実習にも力を入れており、医療の質向上に貢献していくための体制も整えています。また、加齢に伴う心身の衰えに対して早い段階から介入することで要介護にならないようにと、2022年7月には「フレイル健診」が新たに開設されました。

▲ 吉村 芳弘先生

サルコペニア・低栄養研究センター長を務めるのは、吉村 芳弘先生です。小学生の時に出会った手塚治虫の漫画作品 『ブラック・ジャック』 を読んだことがきっかけで医療従事者の道へと進み、“リハビリテーション医学をしっかり身に着けたい” という想いから、リハビリテーションに特化した熊本リハビリテーション病院へと入職されました。吉村先生は、一般病棟と外来での診療に加え、フレイル健診のマネジメント業務、サルコペニア・低栄養研究センターでの多職種連携による臨床研究、研究を通じた多職種の人材育成教育に携わっています。


InBodyとの出会い

患者の栄養状態を評価し、体を構成する体成分を見える化するために、院内でBIA機器の購入検討の話が上がりました。仰臥位で測定ができる点と、研究で活用できる信頼性という面からInBody S20が2005年に導入され、2014年には後継機種に該当するInBody S10が導入されました。また、2023年には更にもう一台InBody S10の導入が予定されています。

吉村先生:
「1施設内でのモニタリングだけで測定結果のデータを外に出すことがないのであれば、統計補正を行うBIA機器でも構わないですが、他施設のデータと比較する際や、研究におけるデータの信頼性という点では統計補正を使用していないInBodyを活用する必要があります。」


サルコペニア・低栄養研究センターにおける研究活用

▲ 測定は各病室のベットサイドで行い、普段は病棟リハビリ室にて保管

サルコペニア・低栄養研究センターでは、回復期リハビリテーション病棟に入院する全ての脳卒中患者を対象に、入院時と退院時の最低2回InBody測定を行っています。中でも体成分管理の優先度が高い患者には月1回InBody測定を行い、数値の推移を診ながらフォローアップを行います。InBodyの他にも握力・身体機能・認知レベル・エネルギー摂取量・タンパク質摂取量・薬剤数・利尿剤の使用状況など多くの確認項目があり、多職種で連携して必要な情報を収集していきます。InBodyは毎日5~10名ほど測定しており、対象者の部屋のドアには朝から「InBody測定」の案内を貼り出して周知を行います。スタッフの誰もが何時にどの患者の測定が予定されているのかを把握できるようにするためです。

吉村先生:
「InBodyの測定は基本的に夕方に行っています。食事のタイミングを確認して食前に測定することや、安静時間の確保は勿論、リハビリの時間を確認してInBody測定前には運動を制御するところまで徹底しています。InBodyの測定項目のうち、筋肉量・骨格筋指数(SMI)・細胞内水分量・細胞外水分量・体脂肪量・部位別水分量を主な項目として分析しています。細胞外水分比はSMIの妥当性*を確認する目的で見ており、過水和状態で水増しされた筋肉量を栄養の指標として使用しないようコントロールしています。」
*SMIと細胞外水分比を用いた筋肉量評価方法の詳細は、インボディ公式ホームページ活用情報 「活用事例: 医療」 内の 「高齢者 -高齢者分野におけるInBodyの活用事例と有用な指標-」 をご覧ください。

サルコペニア・低栄養研究センターでは、サルコペニア・低栄養・口腔機能障害・多剤内服など高齢者に関連する研究を重点的に行っています。当センターより発信されているものだけでも毎年20件前後の研究実績があり、多くの研究成果が世界中の患者・医療従事者に還元されています。脳卒中回復期のサルコペニアが身体機能回復の悪化や嚥下障害と関連し自宅退院率が低くなるため、サルコペニアの早期発見とリハビリテーション栄養による治療が重要であること¹⁾、サルコペニアを有する脳卒中患者において多剤併用が嚥下障害と低栄養に関連するため、過剰な多剤併用を減らして栄養摂取量の改善に繋げる必要があること²⁾³⁾、急性脳卒中後の患者において悪い口腔状態はサルコペニアと関連するため、オーラルサルコペニアのモニタリングを実施すべきであること⁴⁾などを明らかにしています。


臨床現場における実際の介入事例

熊本リハビリテーション病院での実際の介入事例をいくつかご紹介します。


➤脳卒中でサルコペニアと診断された80代患者のケース

リハビリにとても意欲的な方で、普段のリハビリに加えて椅子立ち上がり運動とBCAA補給を頑張っていました。通常、InBody測定の頻度は多い方で月に1回ですが、本人の強い希望で初回測定から2週間後に、2回目のInBody測定を行いました。

吉村先生:
「InBodyを初めて測定する時に 『次回の測定は1ヶ月後ですが、1ヶ月では効果が見られないかもしれません』 とお伝えしていましたが、2週間後の測定時には筋肉量が増加して握力も2倍に増えており、身体機能の大きな改善が確認できました。高齢の方でも2週間という短期間で、体成分を改善することができるのだと驚きました。」


➤廃用症候群でNSTに入られた患者のケース

廃用症候群のためNSTで栄養管理をしている中で、長い間体重が変わらない方がいました。体重が落ちていないため栄養状態の悪化は防げているように思われたのですが、InBodyで測ってみると筋肉量が大幅に減少しており症状が進行していることが分かりました。

吉村先生:
「体重に変化がなくても、体成分を測ってみると筋肉量が大幅に減少しているというケースがあります。体重だけで栄養評価を行うと、体重の維持から栄養状態は悪化していないという判断をしがちですが、体成分の観点からすると評価は大きく異なります。体重だけでは見えないところもあり、体の中身の “見える化” が必要不可欠なのだと我々スタッフが改めて気付かされた瞬間でもありました。」

リハビリの現場では 患者に対して 「ここまでできるようになりましたよ」 と “見える化” したフィードバックが必要です。例えば、歩行距離が100mだったのが300mになった、歩行速度が1.0m/秒から1.5m/秒に速くなった、握力がどれくらい増えてその延長として筋肉量がどれくらい増えたのかを、しっかり ”見える化” してフィードバックを行います。改善の度合いを数値化して伝えることは、患者やご家族だけでなく治療に携わるスタッフにとってもリハビリを継続するモチベーションとなっています。


フレイル健診について

2024年にはすべての自治体でフレイル健診が義務化される動きがあり、熊本リハビリテーション病院では先導する形で2022年の7月にフレイル健診が新たに開設されました。超高齢社会に直面している今日ではメタボ対策からフレイル対策へとシフトしており、患者だけでなくその家族・地域・医療スタッフへ対しての意識付けを大事にしています。熊本リハビリテーション病院のフレイル健診は身体的フレイルをターゲットにしており、厚生労働省が作成したフレイルの基本チェックリストを活用した問診票と、J-CHS基準の5項目 ①体重減少 ②筋力低下 ③疲労感 ④歩行速度 ⑤身体活動 をチェックしていきます。これらの検査と一緒にInBody測定も行われ、SMIなどの筋肉量の項目をメインにフィードバックが行われます。

項目評価基準
体重減少6か月で2kg以上の(意図しない)体重減少
筋力低下握力: 男性<28kg、女性<18kg
疲労感(ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがする
歩行速度通常歩行速度<1.0m/秒
身体活動①軽い運動・体操をしていますか?
②定期的な運動・スポーツをしていますか?
いずれも「週1回もしていない」

【評価基準】
3項目以上に該当: フレイル、1~2項目に該当: プレフレイル、該当なし: 健常

▲ 改訂日本版CHS基準(改訂J-CHS基準)の5項目 (国立長寿医療研究センター⁵⁾より引用・改変)


吉村先生:
「フレイルが高齢者にとってどれだけ危ないことなのかを伝えたいと思っています。フレイル健診が始まって間もないこともあり受診される方は月に数名ですが、食事と体重が減って足腰がおぼつかなくなったり、栄養状態が悪いことを気にされたりして、皆さん来院されています。フレイル健診を申し込まれる方の3人に1人はサルコペニア・低栄養と診断されており、当院の栄養サポート外来への受診を勧めて実際に治療を開始することになります。現状では予防よりも治療が必要な方が混じっている状況なので、本来のターゲットとなる予防のために来て欲しい方は、これからまだまだ掘り起こしが必要だと感じています。」


NST実地修練での活用

熊本リハビリテーション病院では日本臨床栄養代謝学会認定プログラムの一環として、院内外のコメディカルスタッフを対象にNST実地修練を行っています。修練カリキュラムはNST実習・回診・講義などで構成され、これらの研修は40時間以上を要します。体組成という一講義の中で、InBodyプロトコルについての講義が組み込まれており、測定のデモンストレーションを行います。被験者のモデルはボランティアのため健常人を対象にした測定となりますが、InBodyの測定フローから実際の活用方法まで学ぶことができます。

吉村先生:
「InBodyの導入前は四肢周囲長や皮下脂肪厚を計測する身体測定から栄養評価を行っていましたが、誤差が大きい上にアナログな手法で手間もかかっていました。InBodyは測定条件だけ整えてしっかり守れば臨床でも研究でも使い易いですし、一度InBodyを経験すると以前の身体測定には戻れません。InBodyがない現場では身体測定からモニタリングを行うしかありませんが、治療経過をこまめに確認して反省と改善が必要なNSTでは特に体成分管理が欠かせません。そういう意味でもNST実地修練でInBodyを扱っています。」


リハビリテーション栄養におけるInBodyの位置づけ

従来はリハビリテーション医学と栄養学が別でありましたが、その領域が融合したリハビリテーション栄養は、対象者の機能・活動・参加・QOLを最大限に高めるためにリハビリテーションと栄養の両方からサポートしてゴールを達成させるという目標があります。2023年1月に行われたリハビリテーション栄養学会学術集会は本大会で12回目となり、吉村先生が大会長を務められました。

吉村先生:
「回復期リハビリテーション病棟協会の全国調査では、BMI18.5未満の割合が入院時より退院時で増えており、8割の方がサルコペニアで退院しているというデータがあります。今の日本の回復期リハビリテーション病棟患者は平均としてサルコペニアが進行した状態で退院している可能性が高いです。サルコペニアになると、ADL・嚥下障害・自宅退院復帰率などのリハビリテーションのアウトカムが最大化されないということが分かってきていますが、全国的に見てみるとサルコペニアで退院している方が多いことに懸念があります。

当院に限っては、BMIとSMIも増えてサルコペニアが改善して帰って行かれるのが現状なので、しっかり ”見える化” してマネジメントができています。リハビリテーション栄養の現場やNSTでInBodyを活用していないところも多いと思いますが、InBodyがあると診療の質も変わってきますので、必須と言っても良いと思っています。」


終わりに

吉村先生:
「体重だけを見て栄養管理していたところに、InBodyを使って体重の中身を “見える化” したことで、臨床現場で化学的な視点が持てるようになりました。サルコペニアや栄養面などで治療のアウトカムが見られるようになったことは、臨床だけでなく研究でも信頼性を高めることに繋がりました。臨床と研究をサポートして力強くアシストしてくれるのが、InBodyじゃないかなと思っています。

今まで私たちの研究対象は脳卒中の入院患者さんが中心でしたが、今後は慢性心不全など他の疾患にも対象を広げて、体成分の変化や重症度との関連を調査してみたいなと考えています。」

参考文献
1. Yoshihiro Yoshimura et al., Sarcopenia is associated with worse recovery of physical function and dysphagia and a lower rate of home discharge in Japanese hospitalized adults undergoing convalescent rehabilitation. Nutrition 2019, 61:111-118.
2. Ayaka Matsumoto et al., Polypharmacy and Its Association with Dysphagia and Malnutrition among Stroke Patients with Sarcopenia. Nutrients 2022, 14(20):4251.
3. Ayaka Matsumoto et al., Deprescribing Leads to Improved Energy Intake among Hospitalized Older Sarcopenic Adults with Polypharmacy after Stroke. Nutrients 2022, 14(3):443.
4. Ai Shiraishi et al., Prevalence of stroke-related sarcopenia and its association with poor oral status in post-acute stroke patients: Implications for oral sarcopenia. Clin Nutr. 2018 Feb;37(1):204-207.
5. Shosuke Satake and Hidenori Arai. The revised Japanese version of the Cardiovascular Health Study criteria (revised J-CHS criteria). Geriatrics Gerontology Int. 2020; 20(10): 992-993.